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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2678号 判決

控訴人(被告)

有限会社長沢家具店・栗原真一郎

被控訴人(原告)

斎藤ミサホ

主文

原判決中控訴人らの敗訴部分を次のとおり変更する。

控訴人らは被控訴人に対し、金三一八万五二四〇円およびこれに対する昭和四五年一月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分し、その一を被控訴人の、その九を控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決中控訴人らの敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人らの陳述)

一  過失相殺について

(一)  本件事故地点から二、三〇米以内手前には交差点があり、控訴人栗原の進行方向の道幅が九米、これと交差する道幅が三・五米であつた。そしてこの交差点の大手町方面には幅の広い道路を横断するための横断歩道があつた。被控訴人は、本件事故当日自転車でこの幅員の狭い方の道路を台宿方面から当該交差点に向つて進行して来たところ、多少車の往来が少くなつていたので、被控訴人は、前記横断歩道を横断せずに、対向車線を反対に進行し、斜めに横断を開始したのである。

(二)  歩行者が、交通事故現場付近に横断歩道があるにも拘らず、そこを横断しないで他の場所を横断して交通事故を起した場合、歩行者側にも過失ありとして、その損害額について過失相殺を認めているのが通例であるが、本件の場合、被控訴人のような老令の、しかも運動神経の鈍い婦人の場合においては、自転車に乗つていたとしても、歩行者の歩行と同視して、近くの横断道路を横断すべきであり、それ以外の場所を無謀に横断すべきではない。

また被控訴人は通常は、自転車を手押しして横断歩道を横断しているのであるから、そのような注意義務をつくして、本件現場を横断すべきであつた。

しかるに被控訴人は、敢てこれをせず、便宜的に、本件現場を斜めに横断したのであるから過失がある。

(三)  自転車に乗つている被控訴人は歩行者と同視すべきでないとしても、道路交通法三四条三項によれば、自転車運行者の交差点の右折方法は、「………あらかじめ、その前からできる限り道路の左端側に寄り、かつ、交差点の側端に沿つて徐行しなければならない」とされている。しかるに被控訴人は、本件交差点を右法定された右折方法をとらずに、本件交通事故現場を右折のため斜めに横断したものであつて、この点からも過失があるというべきである。

(四)  而して控訴人栗原が、被控訴人の横断の開始を発見した地点は、右開始地点から一四・七米の位置である。それから衝突地点までは四・一五米であるから、同控訴人が被控訴人の横断開始を認めた地点から衝突地点までは一八・八五米あり、控訴人栗原の車の運行速度を時速三五粁としても、右距離を運行するのには二秒の時間を要する。しかるに被控訴人の横断開始地点から衝突地点までは、四・一五米あり、これを老婦人が自転車で運行したとしても約二秒は要すると見られ、一寸した気のゆるみから横断し切れない状況であり、それを無理して横断したのであるから、控訴人栗原の車の進路を妨害したというべきであり、その過失は大きい。

(五)  以上の諸点からいつて、被控訴人の過失割合は八〇パーセントと考える。

二  損害額について、

(一)  入院費その他の費用についての認否

(1) 礫川堂医院関係

(イ) 入院期間(五八日間)につき、一日金二〇〇円の割合による雑費を認める。

(ロ) タオルケツト、シーツ代は合計金一〇〇〇円の限度で認める。

(ハ) 麻製スーツ上下、雨合羽上下は合計金一〇〇〇円の限度で認める。

(ニ) 交通費金二四四〇円を認める。矢代静江の交通費金四〇八〇円は不知。かりにそのような金額の支出があつたとしても、わざわざ柏崎から呼寄せる必要がないから、右支出は本件事故と因果関係があるとはいえない。

(ホ) 矢代静江の付添金八〇〇〇〇円は認める。

(ヘ) その余の茶代、謝礼金等は不知。かりに支払われたとしても、本件事故とは因果関係がない。

(2) その他の病院等における治療費等は一切不知。かりに主張のような額の金員が支出されたとしても、本件事故と因果関係はない。

(二)  慰謝料についての認否

前記入院期間五八日分として金二〇万円

通院期間分として 金一〇万円

の限度で認め、その余は争う。

(三)  逸失利益についての認否

本件事故の日から昭和四五年八月七日に至るまでの一年分として金二七万円の限度で認める。この計算の内訳は一日金九〇〇円、一ケ月二五日として月額金二万二五〇〇円の割合である。その余の金額は争う。かりに昭和四五年八月七日より後の逸失利益を考慮すべきであるとしても、原審における鑑定の結果によれば、被控訴人の本件事故による傷害は、労災保険による等級として第一二級六号とされているから、逸失利益の算定につき、労働能力の喪失は右等級によつて算定すべきであり、その喪失期間もその等級によつて考慮すべきである。ところで政府の自動車損害賠償保障事業査定基準によれば、傷害等級別による労働能力の喪失率は、第一二級は一四パーセントである。従つて被控訴人の休職後復職した昭和四五年八月七日より後の逸失利益については、右の率を基準として計算すべきである。また逸失期間も、一二級の傷害の後遺症としては、五年が相当である。

(被控訴人の陳述)

一  過失相殺の主張について

(一)  控訴人らは、被控訴人が、本件事故現場の約二、三〇米手前に横断歩道があるのにそこを横断せず、横断歩道外を横断したことに過失があると主張する。

(二)  横断歩道の約二、三〇米付近の横断が過失相殺の原因とされる「横断歩道付近の横断歩道外の横断」といえるか否かについては疑問があるが、それはさておき、被控訴人は、自転車に乗つて横断したものであり、被控訴人が自転車から降りこれを手で押して横断した場合なら格別、軽車両である自転車に乗つて横断した被控訴人は歩行者ではなく、道路交通法上、横断歩道上を横断すべき義務はない。(道路交通法一二条参照)

控訴人らは、「老令の、運動神経の鈍い婦人の場合においては、自転車に乗つていたとしても歩行者の歩行と同視」すべきである旨主張するが、被控訴人は当時決して老令でもないし、平素より自転車に乗車し、運動神経が鈍かつた事実も全くなかつたのであるが、かりに、控訴人ら主張のごとき事実があつたとしても、これをもつて、歩行者と同視すべき法的根拠はなんら存しない。従つて被控訴人には絶対に過失はない。

(三)  次に控訴人らは、被控訴人が本件交差点を自転車で右折するにあたり、道路交通法三四条三項所定の右折方法に違反し、「本件交通事故現場を右折のため、斜めに横断した」ものであり、この点に過失があると主張する。しかし、被控訴人が本件事故現場にいたる前右折した前記交差点から、控訴人栗原がはじめて被控訴人を発見した時の被控訴人の位置までは、約二五米、また、衝突地点までは約三〇米ある。即ち、被控訴人が本件道路の横断を開始した地点は、前記交差点より大分離れた地点であることから、被控訴人は、控訴人ら主張のように「右折のため斜めに横断した」のではなく、すでに、前記交差点の右折を完了したのち、本件道路を横断したものであり、しかも、その横断もすでに完了した後に、控訴人栗原の運転する車両が追突したものである。従つて、かりに、控訴人ら主張のごとく、被控訴人において、道路交通法三四条所定の右折方法に違反した事実があつたとしても、右の違反は、本件事故とは相当因果関係はなく、被控訴人に過失相殺すべき過失はない。

(四)  更に控訴人らは被控訴人が本件道路を斜に横断して控訴人栗原の進路を妨害したと主張するが、本件車道の幅員が九米であること、控訴人栗原がはじめて被控訴人を発見したときの被控訴人の位置は、すでに本件道路の半分以上を横断している地点であること、さらには衝突地点が車道左端から二・二米の地点であり、しかも、その衝突部位が被控訴人運転の自転車後部と控訴人栗原の運転車両の前部バンバー左付近であることなどを綜合すれば、本件事故の原因は、控訴人栗原が助手席に同乗していた子供に注意を奪われ、一時、前方の注視を欠いた過失によるものであつて、控訴人栗原は右の過失により、道路を半分以上横断していた被控訴人にはじめて気づき、すでに横断を完了していた被控訴人の自転車後部に追突したもので、本件は、横断車両と直進車両との衝突事故ではなく、むしろ、通常の追突事故と同視すべき事故であるから、被控訴人の横断は、本件事故原因とは関係がなく、いわんや被控訴人が控訴人栗原の進路を妨害したものでもない。従つてこの点については、被控訴人側にはなんらの過失もない。

二  損害額の主張について

(一)  逸失利益の算定方法に関する控訴人らの主張に対する反論

被控訴人は、本件事故以前は寮母として現実に稼働していたのであるが、本件事故によつて寮母としての労働ができなくなつた為、退職して現在に及んでおり、健康状態の改善の見込みは殆んどなく、かつ、原職に復帰する見込も全くなく、従来の収入の全てを喪失したのであつて、被控訴人は本件事故によつて現実に生じた損害の賠償を求めんとするものである。控訴人らのこの点に関する主張は、これに反し、抽象的な労働能力の喪失を前提としたものであつて、本件にあてはまらず、失当である。

(二)  原判決添付計算書に記載の各金員の支払時期は、本判決別表記載のとおりであるが、右記載以外については、その支払時期は明確でない。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  控訴人栗原が昭和四四年八月一二日午前九時四〇分頃、控訴会社所有の普通貨物自動車(六群す六三八八号)を運転し、館林市大字館林二四〇一番地先路上で、被控訴人の自転車と衝突して交通事故を惹起したことは当事者間に争いがない。

〔証拠略〕を総合すれば、右事故は、控訴人栗原が、被控訴人の横断を前方に目撃しながら、その直後、隣席に同乗していた幼児の動静に気をとられたため前方注視を怠り、被控訴人の自転車が道路を完全に横断し終る寸前に、自車の左前部を被控訴人の自転車の後部に衝突させて惹起したものであること、その結果被控訴人を転倒させ、同人に対し、左側上腕骨々折、続発性肩関節周囲炎、左側拇指打撲傷の傷害を与え、同人は昭和四四年八月一八日から二ケ月間礫川堂整形外科医院において入院加療を受け、その後も諸方の医師の治療を受けたが、現在に至るもまだ全快しない。以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

よつて、控訴人栗原は不法行為者として、控訴会社は自動車の運行供用者として、本件事故によつて被控訴人の蒙つた損害を賠償する責任がある。

二  損害について、

〔証拠略〕を総合すると、被控訴人は本件事故による受傷までは、モーリン化学工業株式会社に寮母として勤務し、月額金二万円(日給金一一五〇円)の収入を得ていたほか、上半期の期末手当として二ケ月分の俸給相当額である金四万円を、下半期の期末手当として三・七五ケ月分の俸給相当額である金七万五〇〇〇円を支給されていた(尤も昭和四四年の分については期末手当金は合計で金九万七六五五円であつた)こと、被控訴人は前記のとおり本件事故により左側上腕骨々折、続発性肩関節周囲炎、左側拇指打撲傷の傷害を受け、最初昭和四四年八月一二日(事故当日)から同月一八日までは寺内医院に入院し、ついで礫川堂医院に転院して二ケ月間入院したが、後遺症として左肩上腕打撲後遺症、外傷性左肩関節周囲炎が残り、蓮江医院、名倉堂医院、葛西医院等に通院加療したが、完全にもとの健康体に復することはできなかつたこと、事故後一年を経過した昭和四五年八月再び会社に出勤したが体の工合が悪く、同年一二月に退職したことおよび現在に至るも体に痛みを感じ、左肩から左手にかけてしびれるため、力を要する仕事はできないこと、以上の事実を認めることができ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  治療費について、

被控訴人は、本件事故の傷害の治療費として、原判決別紙計算書記載のとおりの入院費その他を支出したと主張するので、以下計算書記載の項目の順序に従つて、その金額を判断する。なお、〔証拠略〕によつて真正に成立したと認められた書証であるが、単に甲第何号証として表示する。

(イ)  礫川堂医院関係分

(1) 麻製スーツ(主張額五〇〇〇円)(2) 雨合羽(主張額五〇〇円)の損失はこれを認めるに足りる証拠はない。しかし、控訴人らは右合計として金一〇〇〇円の限度でその損失を認めるので、その限度の損失を認容する。

(3) 〔証拠略〕によれば、入院のための寝巻二枚の費用として合計金二一〇〇円を昭和四四年八月一八日に支出したことが認められる。

(4) 〔証拠略〕によれば、入院用毛布二枚の代金として金五〇〇〇円を同年九月一八日に支出したことが認められる。

(5) 〔証拠略〕によれば、タオルケツト二枚の代金として金二三〇〇円を同年八月一八日支出したことが認められる。

(6) 〔証拠略〕によれば、シーツ一枚の代金として金八〇〇円を同日支出したことが認められる。

(7) 〔証拠略〕によれば、院長謝礼ビール一打代金として金一七〇〇円を同月二三日支出したことが認められる。

(8) 〔証拠略〕によれば、看護婦に対する謝礼として菓子折一箱の代金八〇〇円を同日支出したことが認められる。

(9) 被控訴人は「田口謝礼」として金一〇〇〇円を支出した旨主張するがこのような事実を認めるに足りる証拠はない。

(10) 〔証拠略〕によれば、看護婦へ果物を送つた代金として金三〇〇円を同年九月一八日に支出したことが認められる。

(11) 〔証拠略〕によれば、看護婦に対する謝礼として菓子折一箱の代金八〇〇円を同月一九日支出したことが認められる。

(12) 被控訴人は前記とは別個に「田口謝礼」として金一〇〇〇円を支出した旨主張するが、このような事実を認めるに足りる証拠はない。

(13) 〔証拠略〕によれば、退院謝礼としてビール一打の代金一七〇〇円を同年一〇月二一日に支出したことが認められる。

(14) 〔証拠略〕によれば、看護婦に対する退院謝礼としてケーキ一箱代金一〇〇〇円を同日支出したことが認められる。

(15) 〔証拠略〕によれば、入院者に対する退院謝礼として菓子代金一〇〇〇円を同日支出したことが認められる。

(16)(17)として計上されたタクシー代その他は、弁論の全趣旨より被控訴人の夫が通院した交通費と認められるが、この合計金二四四〇円については、控訴人らの認めるところである。

(18) 〔証拠略〕によれば、シツプ薬一瓶の代金として金三〇〇円を同年一一月三日支出したことが認められる。

(19) 〔証拠略〕によれば、頭痛薬一瓶の代金として金二六〇円を右同日に支出したことが認められる。

(20) 〔証拠略〕によれば、アリナミン一瓶、シツプ薬一個代として合計金九〇〇円を同年一二月五日支出したことが認められる。

(21) 被控訴人は、昭和四四年八月二五日より同年一〇月二一日に至るまで五八日間に一日金三〇〇円の割合により合計金一万七四〇〇円の雑費を支出した旨主張するが、右金額を認めるに足りる証拠はない。しかし、控訴人らは一日金二〇〇円の割合で五八日分の雑費の支出があつたことは認めるので、この限度の支出があつたと認める。

(22) 〔証拠略〕によると、被控訴人の夫政一は昭和四四年八月一九日より同年九月一七日までの間に二三日間欠勤して被控訴人に付添つたことが認められる。そして職業付添人を依頼すれば少くとも一日一〇〇〇円を要すると認められるので、被控訴人は右の限度で計金二万三〇〇〇円を控訴人らに請求できるものと解するのが相当である。

(23) 矢代静江に対して付添謝礼として金八〇〇〇円を支出したことは、当事者間に争いがない。

(24) 〔証拠略〕によれば、矢代静江の足代(汽車賃)として金三八〇〇円を昭和四四年九月二五日に支出したことが認められる。

(25) 〔証拠略〕によれば、矢代静江の足代(タクシー代)として金二八〇円を前同日支出したことが認められる。

(ロ)  東京新宿ロイヤルクリニツク治療関係分

被控訴人は右病院での治療費等として合計金七万二二二〇円を計上するが、そのような金額を支出したことを認めるに足りる証拠はない。

(ハ)  太田市本島病院関係分

被控訴人は右病院での治療費等として合計金一〇五〇円を計上するが、そのような金額を支出したことを認めるに足りる証拠はない。

(ニ)  行田市蓮江医院関係分

被控訴人は右病院での治療費等として合計金二四四〇円を計上するが、そのような金額を支出したことを認めるに足りる証拠はない。

(ホ)  柏崎市葛西医院関係分

(1) 〔証拠略〕によれば被控訴人方より同病院までの足代(タクシー代)として少なくとも合計金一二六〇円の支出をしたことが認められる。しかし、これをこえて、被控訴人主張の金一万六四〇〇円の支出がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

(2) 〔証拠略〕によれば、院長への謝礼としてビール半打代金八六〇円を昭和四五年七月一〇日支出したことが認められる。

(3) 〔証拠略〕によれば、看護婦に対する謝礼としてサイダー一打代金四〇八円を同月一二日支出したことが認められる。

(4) 〔証拠略〕によれば医療用サポーターの代金として金一〇〇〇円を同月一九日支出したことが認められる。

(ヘ)  直江津市労災病院関係分

被控訴人は右病院での治療費等として合計金八〇〇円を支出した旨主張するがそのような金額を支出したことを認めるに足りる証拠はない。

(ト)  長岡市日赤病院関係分

被控訴人は往復足代として金四〇〇円を支出した旨主張するが、これを肯認するに足りる証拠はない。

(チ)  館林市名倉堂医院関係分

(1) 被控訴人は前橋市関口外科病院へ診断のための旅費として金七八〇円を計上するがこの事実を認めるに足りる証拠はない。

(2) 〔証拠略〕によれば、名倉堂医院への謝礼の果物代として金五〇〇円を昭和四四年一二月一〇日支出したことが認められる。

(3) 〔証拠略〕によれば同医院への謝礼の酒代として金八七〇円を同月二八日支出したことが認められる。

(4) 被控訴人は同医院への謝礼のケーキ代として金八〇〇円を同年一〇月二八日支出したと言うが、〔証拠略〕に照らし、その時期には同医院の診療をうけていないと認められるので、これを認容できない。

(5) 〔証拠略〕によれば、同医院への謝礼の酒代として金八七〇円を昭和四五年二月四日支出したことが認められる。

(6) 〔証拠略〕によれば、同医院への謝礼の果物代として金八〇〇円を同日支出したことが認められる。

(7) 被控訴人は診断書料金として金五〇〇円を支出したと主張するがそのような事実を認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであつて、被控訴人が原判決別表に掲げた治療費等は、結局合計金七万五四二八円の限度で認めることができる。控訴人らは右支出中には本件事故と相当因果関係のないものもある旨主張するが、前認定の限度の支出は、いずれも本件事故と相当因果関係にあるものと解するのが相当である。

(二)  慰藉料について、

被控訴人は、本件事故により、入院加療を受け、退院後も回復せず、全快の望みもなく、永年勤務した寮母の職も失ない、重大な精神上の苦痛を蒙つたものであることは、〔証拠略〕より明らかであるから、慰藉料としては金五〇万円が相当である。

(三)  逸失利益について、

前認定のとおり、被控訴人は本件事故当時月額金二万円の給与を受け、そのほか少くとも年額金九万七六五五円の賞与を得ていたから、年額合計金三三万七六五五円の収入があつたと認められる。そして被控訴人が受傷当時年令五〇才の健康な婦人であつたことは〔証拠略〕より明らかであり、また、当時の平均余命年数は五〇才の女性で二六・八五年(第一二回生命表)であることは、当裁判所に顕著な事実である。そして〔証拠略〕よりすれば、被控訴人は本件の傷害を受けないとすれば、六五才までは寮母としてひきつづき稼働することができたと認められるので、ホフマン式計算方法により、年五分の割合の利息の一五年分を控除した受傷時における逸失利益を計算すると、その場合の係数は10.9808であるから、これを前記金三三万七六五五円に乗じた結果、金三七〇万七七二二円となり、これが被控訴人の逸失利益と認められる。ところで、これに対して、被控訴人は、控訴会社より、休業補償費として金三〇万一六〇〇円の支払を受けたことを自認しているので、現時点における逸失利益は、これを差引いた残額である金三四〇万六一二二円となる。なお前記の通り、被控訴人は昭和四五年八月七日モーリン化学工業株式会社に復帰し、同年一二月退職したが、この間左肩の痛みのため欠勤がちであつて、日給合計いくらを支給されたか、これを判定する証拠がないので、その金額を控除しないこととする。

控訴人らは、右の逸失利益の算定に対し、被控訴人の傷害は、労災保険の等級によれば一二級六号にあたるから、稼働能力の喪失率は右等級によつて算定すべきものであり、またその喪失期間も等級によつて考慮すべきであると主張する。しかし、原審ならびに当審における被控訴本人尋問の結果(当審の分は第一回)によれば、被控訴人は本件事故によつて受けた傷害のために、それまで勤めていた会社の業務を継続して行なうことができなくなり、やむなく退職するに至つたことが明らかであつて、他に職を求めうるだけの能力があるのに、その意欲がなく、徒食しているとは断じられない。よつて右退職による実損害が本件における事故に基づく得べかりし利益の喪失と解するのを相当とする。

三  そこで控訴人ら主張の抗弁の当否について判断する。

(一)  自賠法三条但書の抗弁についての当裁判所の認定、判断は、原審のそれと同一であるから、原判決の理由第四項(1)の記載をここに引用する。

(二)  控訴人らは、当審において、被控訴人が本件事故地点に至る前に右折した交差点の右折方法が妥当を欠き、ないしは道路交通法に違反したから、本件事故の発生につき、被控訴人にも過失があると主張する。

しかし、〔証拠略〕によれば、右交差点は本件事故地点より三〇米手前にあるものであり、被控訴人は右交差点における右折を完了した後、本件道路の横断を行なつたものであると認められ、当審における控訴人栗原本人尋問の結果はたやすく措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる別段の証拠はない。そうだとすれば、被控訴人において、前記交差点の右折方法が拙劣であるか、もしくは道路交通法に違背していたとしても、これとは別個の行為である本件横断中の事故との間には、相当因果関係を肯定するに由ないから、この点に関する控訴人らの主張は失当たるを免れない。

(三)  控訴人らは、また、本件事故は、被控訴人の未熟な斜横断行為もその一因をなしていると主張する。そして、〔証拠略〕によれば、被控訴人は自転車に乗つたままで進行方向に向つて約三〇度のゆるい角度で斜め横断を敢行したことが窺われる。そして通行車両のあるとき、自転車で道路を横断すること、特に斜横断することは交通の支障となり、又事故の危険性のあることは、言を俟たないから、自転車に乗つて道路を横断する場合には、予め、横断完了までに接近する自動車のないことを確認し、かつ、九〇度の横断をなすべき注意義務があつたのに、被控訴人は、自己の技量を過信して、自転車に乗つたまま、ゆるい角度で斜め横断に及んだ点で過失があつたといわなければならない。

而して、従来認定の諸事情、とくに控訴人栗原の過失と対比して考えるのに、本件事故に対する被控訴人の右過失の割合は、二割と見るのが相当である。

四  以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は、右二において認定した治療費、慰藉料、逸失利益の合計金三九八万一五五〇円の八割に相当する金三一八万五二四〇円およびこれに対する本件事故よりも後である昭和四五年一月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金を求める限度において理由があり、これをこえる分は理由がないので、右理由のある限度において認容し、その余は棄却すべきところ、原判決はこれと異なるので、変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 室伏壮一郎 小木曾競 深田源次)

別表

〈省略〉

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